のんびりゲームライフ
2017年09月11日 (月) | 編集 |
自宅介護していた父が、先日亡くなりました。
約3ヶ月の闘病生活。本当に短かった。

その日の私は、妙に寝付くことが出来ず、「このまま眠れないのであれば徹夜をしてしまおう」と考えて、寝間着にも着替えずに起きていました。
そして未明に、母より電話が。

「お父さんね、呼んでも起きないの。息もしていないみたい。すぐに来て。」

夜も明けきらぬ薄暗い中、スマホだけを手にして実家へ走る。
同町内の自宅から5分余りの短い道のりが、やけに長く感じたのを思い出します。

自宅で最期を看取った母は、覚悟が出来ていたのかとても冷静でした。
私自身は、実感が湧かないまま、次第に冷たくなっていく父の体を摩っていました。
家族とホームドクターに電話を入れ、じっと待つ母と私。
そして、朝の活動時刻になった頃に、事前に決めていた段取り通り、葬儀社に電話。
あっと言う間に時間が経ち、「父が居ない」という実感が湧いてきた時には、すでに葬儀が終わっていました。

久しぶりに顔を合わせた家族も、父の葬儀が終わってすぐに実家を離れ、母と私の二人きり。約1週間の忌引き休暇を職場からもらった私は、その休み期間中に役所等の諸手続きを母に代わって済ませることにしました。
各所に電話を入れ、現況を説明し、必要な書類を揃える。

本来ならば、病床の父より「俺が居なくなったら後、お母さんのことは、お前に頼む」と言われていた長兄がすべき仕事。
しかし、独りとなった母との同居を(今更ながら)拒み、「ヤエトに全部任せる」と言い残して、葬儀が終わった後に実家を発った長兄は、遺された母の世話を一切やらないつもりだったようです。
葬儀社の人に、「喪主と施主はどなたが?」と聞かれ、母と長兄は「ヤエトです。」と応えました。一般的に喪主は配偶者、施主は(配偶者か)継嗣がやるもんだよ…。家を出て姓が変わっている私に、喪主と施主をなんて在り得ない。葬儀社の人は、目が点になってたよw

漸く細々とした手続きが進み始めた頃、フラッと実家に一人で立ち寄った長兄。
突然父の書斎を整理すると言い、(父が生前使っていた)新品に近い家電製品やカメラ等を、「捨てるのはもったいない。売れるから」と、勝手に自宅へ引き取って行きました。

私は、未だ相続の手続きを終えることが出来ていません。
「お前の体調が心配。無理をしないでね。本当にごめんね。」と、毎日のように母に言われています。

これからの父が居ない毎日に、慣れる日がいずれ訪れるのでしょうか…。
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する